Nguan
Photographer シンガポール出身、在住。シカゴの映画学校を卒業後、NYに移る。映画の脚本を書くためのメモとして、街で見た人や物の撮影を始めたことがきっかけでフォトグラファーに。2000年代に東京に長く滞在し、2010年に写真集『Shibuya』を出版。
著書はほかに『How Loneliness Goes』(2013)、『Singapore』(2017)がある。作品の一部はシンガポール・アート・ミュージアムに常設展示されている。
愛用カメラ:FUJIFILM GW690III
超近代都市シンガポールの平凡でいて魔法のような日常生活のポートレート
普通のシンガポール人が暮らし、働く場所で
「ガラスと鋼鉄でできた、機能的で無菌状態の超近代都市として知られているシンガポール。マリーナベイ・サンズやチャンギ空港といった観光スポットが注目されてきましたが、若い国はアーティストや夢想家たちが"神話”を創っていくもの。自分の国の別の顔を見せるような写真を撮ることで、これまでとは違うストーリーを表現するチャンスだと思いました。私にとってシンガポールは、その本質を覆い隠すことのできないエモーショナルな都市。私の作品はシンガポール人の日常生活のポートレートです。郊外の団地や謎めいた路地裏など、ごく普通の人たちが生活し、働く場所で撮影しています。それは平凡かつ神秘的で、同時にこの社会の対立関係や矛盾を認識させるものです」。
Nguanさんが写し出すシンガポールは、リアルな生活シーンを切り取りながらも、優しくてカラフル。
「ストリート写真というと、粗削りなスタイルやモノクロも多いですが、ロマンティックな雰囲気で、率直な写真を撮りたいと思いました。従来のドキュメンタリー写真の技術や原則に、ファッション的な美学を組み合わせることで、ストリートフォトというジャンルのイメージを変えて、何か新しいものを創造できたらと。それで、"シンガポール”というテーマで構想を練っていた時、ファンタジーの世界のような写真にしようと決めました。おとぎ話の挿絵や演劇の舞台にインスパイアされた、いかにも人工的な色彩は、私が撮る現実的なシーンとうまく調和するのではないかと考えたんです」。
小さなカメラを買って、NYを散歩しながら撮影しているうちに、写真に夢中になったというNguanさん。「映画の脚本を書くつもりだったのに、一度も書いていません(笑)。写真の一番好きなところは、何かを呼び起こす潜在的な力です。私の写真はストーリーの途中で、その始まりと終わりは見る人の想像にゆだねられています」。
「作品のほとんどは、通りで見知らぬ人と初めて目が合う瞬間です。彼または彼女が人混みに永遠に消えてしまう前に、一種の好奇心とお互いを人として認識した瞬間を共有するもの。それは言葉で説明することも、ポーズをとった写真で再現することもできない、ほんの一瞬です。この儚いきらめきの記録をポートレートにできないだろうかと、掘り下げていくことに興味を持っています」。
ストリート写真とは常に自発的で演出されていない、偶然が生み出す即興のダンス
都会のストリートで“まなざし”を探し求めて
「私の考えるストリート写真とは、常に率直で自発的で演出されていないもの。直感と観察の結晶であり、偶然性との即興のダンス」というNguanさんにとって、写真は習慣であり、衝動。
「写真の持つすべての側面が呼吸するように自然に感じられます。以前は、物事が展開するのを待つのが写真だと思っていましたが、むしろ世界や他者との関係において、自分の何かを認識するプロセスだと理解するようになりました。私の写真は自分がどう感じているか、何を言いたいかを反映したものです。文明の歴史の中で、この現代に、大都市で暮らす人間であることが、どのようなものであるかを探りたい。そのためにストリートで、私の不安や夢の重みに耐えうるような"顔”を探し求めています」。
Nguanさんは、渋谷のスクランブル交差点でプロジェクトを行ったことも。
「その撮影は純粋なポートレートとして、通行人の目をただ見つめ、見つめ返してくれるのを待ちました。スクランブル交差点は人間の海を泳いでいるような気持ちになる、見知らぬ人の顔に夢中になってしまう私にとって夢のような場所。恥ずかしそうに、楽しそうに、疑い深そうに、さまざまなリアクションが返ってきました。そんなまばたき一つで終わるような一瞬のアイコンタクトを集めた物語が私の写真集『Shibuya』です。いつかこのリニューアル版を出版したいと思っています」。
世界各国のメディアで取り上げられ、高く評価されているNguanさん特有のパステルトーン。
「ネガはすべて自分でスキャンし、Photoshopで色とコントラストを微調整しています。デジタルのフィルターは一切、使っていません。編集や後処理は私のスタイルに不可欠なものとは考えていないですね。撮影条件もこだわっていませんが、夜明けや夕暮れなど、太陽が低く、光が穏やかな時間帯に撮影するのが好きです。いつも露出は1~2段上げるようにしていますが、ただ動きまで捉えたいような写真の時は難しいですね」。
GENIC vol.63 【Nguan】
GENIC vol.63
GENIC7月号のテーマは「Street Photography」。
ただの一瞬だって同じシーンはやってこない。切り取るのは瞬間の物語。人々の息吹を感じる雑踏、昨日の余韻が薫る路地、光と影が落としたアート、行き交う人が生み出すドラマ…。想像力を掻き立てるストリートフォトグラフィーと、撮り手の想いをお届けします。