移住して新しく手に入る仕事や興味関心/伊佐知美の「旅するように移住」Vol.10
今回は、のっけからちょっと変な話をしてしまうのだけれど、昔大好きな人とお別れ(離婚)したことがある。その時、最初はすごく悲しかったし、これからが不安になった。でも、尊敬する先輩に「空いた心のスペースに、新しいことが入ってくるのが楽しみですね」と笑顔で言ってもらって、「あぁそっか、空いたスペースという考え方があるのか。きっと未来は明るいな」と随分と前向きな気持ちになれたことを覚えている。
自分の中のスペースを空けるということは、今まで持っていたものを整理し、手放すということ。最初は不安かもしれないが、空いたスペースがあるからこそ、そこに風が吹きこむ余地ができるし、自分の中に「余白」や「遊び」の部分があって、初めて「新しい何か」を迎え入れることができるようになるのではないかなぁ、とそのうち私は思うようになった。
そして、移住関連の取材を続けるうち、「移住とは、実践者の心の空きスペースを気持ちよく作ってくれるいい機会になるのだな」と感じるようになった。
移住をすると、ライフスタイルの変化とともに時間の使い方が変わり、気持ちの持ちようにも少し変化が生まれ、今までなかった「隙間」や「余裕」みたいなものができやすくなる。すると、結果として新しい仕事や興味関心に出会うことが多いみたいだ。今回は、そんな話ができたら。
私自身が見つけた、沖縄移住後の新しい仕事や興味関心
既存の仕事の、沖縄ver.が増えた
私の仕事は、取材や撮影、講演など。移住後は、その仕事を沖縄のこんな案件でできませんか?と問い合わせをいただくことが、ありがたいことに格段に多くなった。
問い合わせのきっかけは、SNS・リアルのどちらもある。Facebook、Twitter、Instagramなど私自身の沖縄移住のSNS投稿等を見かけた人から直接依頼をいただくこともあるし、知人を介した紹介もある。
街で偶然知り合った人と仲良くなり、その人から仕事の相談をもらうことも少なくない。先日は、プライベートの散歩中に見つけたカフェを気に入り、何度も通ううち店主と顔見知りになり、カフェのウェブサイトやECショップ、SNS運用、撮影などの相談をしてもらうようになった。
ほかには、沖縄関連のイベント登壇や、沖縄のスポット紹介・取材コーディネートなど、土地に紐付いた相談も増えている。沖縄は島なので、在住者は「この島に暮らしている」という不思議な一体感があるのか、人同士がつながりやすい気がする。「ローカルに根ざしている」ことでできる仕事の幅の広がり方に、驚くとともに感謝する日々だ。
移住したことによって、新しく芽生えた興味関心
既存の仕事のローカライズ以外にも、今までと違う土地で暮らすからこそ、出会えた新しい興味関心もある。
私の場合は、以前も連載内で少し触れたが、移住後に沖縄の亜熱帯気候で育つ植物に強く惹かれるようになり、もともと色彩やテキスタイルが好きだったことも相まって、沖縄の植物を活かした草木染めに挑戦し始めた。
そのことを沖縄の知人に伝えたところ、サトウキビの搾りカスから繊維を取り出し、テキスタイルをつくる企業を紹介してくれ、その布の端切れを譲ってもらい、アクセサリーなどプロダクトの試作品を作ることに。
そして、その活動をまたまた知人に伝えたところ、作品の発表の場としてリアル店舗を作るのはどうか、と場所を紹介してもらい、事業用物件を申し込み……と、最初に抱いた興味関心を種に、なんだかわらしべ長者のようだとでも言うべきか、芋づる式に次の新しい興味関心に出会うようになっている。
直接仕事に結びつくかはまだわからないが、「ローカルというフィールド」にいるからこそ、出会えた興味関心や、展開だなと感じている。
移住をきっかけに、新しい仕事や興味関心に出会った人たち
上記の私の体験は一例だが、取材をしながら似た経験を持つ移住者が多いと感じている。
移住するということは、日々の暮らしのベースをごっそり変化させることに等しい。移住を決めた当初は、「ライフスタイルはあまり変えずに、暮らす場所を自然の近くにスライドさせるだけでいい」と思っていた人も、毎日通うスーパーや産直所で現地産の珍しい野菜や果物を日々見かけたり、街中で自然と方言を耳にしたりと、今までと異なる気候や風土に触れる時間が多くなるにつれて、「その土地ならではの事象で、なんとなく気になること」が生まれ、気づいたらそちらに人生の舵を大きく切ることになった、ということが少なくない。
その結果、移住後しばらくして、まったく違う仕事に就くことになった人にも出会ってきた。たとえば以下だ。
・自然の美しさや豊かさに触れるうち、一次産業に関心を持つようになり、農業や酪農、林業従事者などに転身。
・一次産業に携わる体力はないと思ったけれど、地域の森の素晴らしさを伝え残すために、地域資源を活かす仕事がしたいと考えるようになり、木材の加工やジャム、アロマオイル作りなど6次産業化に携わることに。
・人が暮らすエリア=里山と、自然の境目に住んでいると、農作物と害獣の関係性について考えるように。農作物を食い荒らされる被害を食い止めたり、地域のバランスを守るため、狩猟免許を取得して猟師になった。
・仕事を変える気は毛頭なかったけれど、現地で人と出会い仲良くなるうち、知り合った人と一緒に起業することになり、現地で飲食店や店舗を開業した。
・「田舎には楽しみが少ない!」と感じ、ないなら自分で作ろう、と季節ごとにマルシェを開催。
・趣味でダイビングライセンスを取得。海に潜るうち、海の保護に関心を持つようになり、ビーチクリーンやサンゴ保護の活動を開始。
……などなど、枚挙にいとまがない。
取材をする中でとても印象的だったことは、人口の多い都会では、お金を払って遊ぶことが多かったけれど、移住後は生産活動が遊びになった、と感じる人が多いということ。または、都会では新しくやりたいことを見つけても「他にやっている人がもういるから、私がやらなくてもいい」と、始める前から諦めてしまうことが多かったけれど、移住先は人口が都会より少なく、相対的に若い世代に含まれるので、「私自身」の存在感が増した気がして「まずはやってみよう」とチャレンジする気持ちが生まれやすいという意見も多かった。
「顔が見える関係性」が地域にあるので、背中を押してもらいやすい環境ということも、新しい興味関心が次の仕事につながる理由の一つに挙げられそうだ。
ライフスタイルの変化にあわせて、日々に新しい風を吹かせやすくなる人が多い「移住」。移住は変化が大きいけれど、それを「空くスペース」だと捉えて、そのスペースに新しい何かが入ってくるかも?と考えたら、もっと移住が楽しみなことになる気がする。そう感じてくれる人がひとりでも増えるといいなぁ。ではでは、また次回!
伊佐知美
これからの暮らしを考える『灯台もと暮らし』創刊編集長。日本一周、世界二周、語学留学しながらの多拠点居住など「旅×仕事」の移動暮らしを経て沖縄・読谷村に移住。移住体験者の声をまとめた『移住女子』の著者でもある。