コハラタケル
フォトグラファー。1984年生まれ、長崎県出身。大学卒業後、建築業の職人を経てフリーのライターに。その後フォトグラファーに転身。セクシー女優たちのデジタル写真集“とられち”シリーズを撮影するほか、山本文緒『自転しながら公転する』、窪美澄『トリニティ』、島本理生『あなたの愛人の名前は』などの書籍カバーも担当している。
RICOH GR III
本体約227gで片手にすっぽりと入るコンパクトサイズのボディに、高解像度、高コントラストでシャープな写りが美しいGRレンズと、精緻な描写力を実現するAPS-Cサイズの大型イメージセンサーを搭載。焦点距離18.3mm(35mm判換算約28mm)で、レンズの明るさを示すF値はF2.8~F16。タッチパネルでの操作もでき、撮影のレスポンスに長ける。
Column.1 日常は偶然の連続。夜ふらりと行ったコンビニで、もらったダリア
珍しくお酒を飲みたくなって、夜にリニューアルオープンしたばかりのコンビニへ行った。そこで花を持ち帰るおばあさんの姿が目に入った。どうやら祝い花を持ち帰っているようだった。自由に持ち帰っていいそうで、僕もダリアを2輪、頂戴することにした。
花は置かれてから時間が経過していたようで、とくに僕が手にしたのは元気がなく、選ばれずに残っている2輪だった。僕はもともと“そういう存在”が好きで、見た瞬間に強く惹かれていた。
マンションの無機質なエレベーターと自然物であるダリアの組み合わせが何となく思い浮かび、帰りにそこでダリアを撮りたいと思った。僕が住んでいる建物はエレベーターが古い。その古さを最大限に生かすのは、やはり階数のボタンなどがある操作パネルの部分。乗った瞬間、「撮るならここだ」と思い、ダリアを寄せて撮った。左手にダリア、右手にGR。何でもないように見えて実のところ、コンパクトカメラであるGRだからこそ撮れた1枚なのだと思う。
いつもの僕なら間違いなく「セレクトAF」に設定し、自分が合わせたい場所にピントを合わせシャッターを切る。でも今回は、偶然性を生かしたいと思っていたので、すべての写真を「オートエリアAF」で撮った。日常は偶然の連続だから、AFはすべてGRに任せようと。このときもどこにピントを合わせてくれるのかわからなかった。しかし、GRは手前のダリアに合わせてくれた。テクニックを意識せずに撮れるカメラ、それがGR IIIの魅力だと思う。
Column.2 納豆を食べる妻、ありふれた日常のワンシーンが特別になるとき
AM11:19。太陽の光が部屋に入り、床を照らしていた。妻は台所で納豆を食べようとしていたが、ちょうど床の光が反射して、顔が明るくなっていた。「ちょっと待って」と声をかけ、納豆を食べようとする妻を撮影した。
妻が納豆を食べるのは、僕の日常においてありふれたシーンだけれど、ただ納豆を食べているだけでは撮らなかった。この瞬間、思わず「ちょっと待って」と言ったのは、光がよかったからだ。
床の光が反射して顔に当たることは、そんなに多くはない。下からの光というのは、いわゆるお化けライト状態であり、おどろおどろしい雰囲気に仕上がりやすいけれど、このときは部屋全体にも光が回っていた。照り返しの光は強いものの、顔のシャドウはそこまで落ちない。日常が特別なものになったこの瞬間に惹かれたし、撮りたいと思った。間の抜けた表情でありつつも、カメラを少し意識している妻の表情がよい。
Column.3 色だけを頼りに撮った1枚は、そのときの僕自身を写し出した
サルコイドーシスという病気の診断を受け、肺と眼と心臓の検査をすることになった。この日は眼の検査。検査前に目薬を差すのだが、医師から「今日は車やバイクの運転はしませんか?」と訊かれた。この目薬を指すと、しばらく視界がぼやけてしまうらしい。
実際、目薬をしてしばらくは視界がぼやけていた。検査後、病院から徒歩1〜2分の最寄り駅に向かう途中、ぼやけた視界のまま写真を撮った。夏の広告写真でもよく見る、パステルブルーとイエローの組み合せに強く惹かれたのだ。
まだ視界がぼやけているなか、歩きながらの撮影だった。頼りにしたのは色だけで、ピントも何もない。でも、黄色いポールが前ボケになっているのが、まるで自分の視界とつながっているようだと思った。
Column.4 那覇空港での出会い。すべての条件がそろう奇跡の瞬間
久し振りのフライト。那覇空港に到着し、預けていた荷物を取りにいく。動く歩道もあるが、それには乗らず窓際を歩いた。窓の向こう側、飛び立った東京の空はどんよりとしていたけれど、那覇空港で最初に目に入ったのは青空だった。それから、今まさに歩いてきた通路が見えた。空港の窓ガラスは厚く、青い空と均衡を保つように、外の世界が淡いブルーの色調になっていた。その景色に惹かれて、僕は歩きながら、シャッターを切り続けた。
窓側には等間隔で花が飾られていて、花の前を通り過ぎるたびにシャッターを切った。この景色を“見ている”という臨場感を出したかった。垂直水平も気にせず、花を大胆に手前に入れることで、覗いて見ているような雰囲気のある写真に仕上げていった。
この写真は全体を寒色系にするのがポイントだった。そうでなければ、せっかくの分厚い窓ガラスでできた淡いブルーの色調を壊してしまうから。だから、窓際に並ぶ花の色が白と紫でなかったら、シャッターを切っていなかったと思う。一番手前に駐車されている車も白ではなくグレーで、悪目立ちしないでくれた。奥の車は白かったけれど、幸い日陰のため地面のグレーになじんでいる。沖縄の空とガラス窓越しの淡い青色、惹かれたその色調を崩さない、すべての条件がそろった瞬間だった。
Column.5 深みのある描写でわかる、曇りの日には曇りの日の魅力があるということ
沖縄でのアパレル撮影。午前中は晴れていたが、午後は徐々に分厚い雲が空を覆い始めた。「このまま曇ってしまうのかな」と思っていたけれど、ギリギリ夕陽まで持ってくれた。
雲の隙間から、わずかに太陽の光が差し込んでいた夕刻、撮影を終えてホテルへと歩いていると、細長く伸びた植物、ドラセナ・コンパクタが目に留まった。沖縄は、軒先で植物を育てている人が多い。このときは、肉眼で見ても「陰影が良いな」と思った。やわらかいけれど、部分的に強い光が当たっており、とっさにGRの良さのひとつである陰影の描写を生かせると感じた。
GRは曇りの日でも陰影を出しやすいカメラだ。このときは曇りではなく、雲の隙間の夕陽も含まれているが、それにしても繊細な光をよく出してくれた。
隣にはハイビスカスの鉢があり、普通なら、ドラセナ・コンパクタとハイビスカスのどちらかを主役に置いて、ついつい日の丸構図で撮りたくなる場所だ。でも、このときはとっさに、ドラセナ・コンパクタの茎とハイビスカスの支柱のラインに注目していた。葉や鉢は全体が入っておらず、写真から見切れている。こういう写真は印象が弱くなりがちだが、今回は、ドラセナ・コンパクタの茎とハイビスカスの支柱のライン、それぞれの鉢を結ぶ線で三角形ができるように配置したことで、見る人の視線が写真全体にいくようバランスをとった。
Column.6 不意にやってくる、いつも見ている“特別”好きな妻の角度
僕は自宅のリビングを仕事場にしている。テーブルにはパソコンやHDDなどが並んでいるため、妻はリビングに来ると、僕の目の前ではなく、斜め前に座る。いつも見る光景、いつも見る角度。いろいろな好きな角度があるけれど、僕がとくに好きな顔の角度が不意にやってきた。一瞬だったから慌ててGRを手にし、シャッターを切った。
もう何百、何千と見ている景色でも、カメラを持つとシャッターを切る手が止まらない。カメラを持たずに過ごしていると日常は同じことの連続のように感じるもの。それがカメラを持つと、日々変化していることに気づきやすくなる。
このとき、妻の顔の角度と人さし指のシルエットに惹かれていた。「オートエリアAF」でピントは背景に合ったのだが、それが本当によかったと思っている。背景にピントが合って、ボケたシルエットになったことで、惹かれた部分がより強調されていると感じられたから。
Column.7 誰かが残した形跡に、つくりものではない日常を垣間見る
この日、夕方に髪を切りに行くまで、他に予定がなかった。AM7:30に起床し、近くのコンビニへ。エレベーターで1階まで降りると、管理人さんが掃除をしていた。コンビニから帰宅し、原稿を書く。執筆が一段落すると、近所に散歩へ行こうと家を出た。1階に降りると、ほとんど掃除は終わっていて、紫色のゴム手袋だけが残っていた。
手袋が少し捲れているところに、日常を感じた。その日常は僕の日常ではなく、管理人さんの日常だ。もしも僕が、このように写真を撮りたいと思ってセッティングした場合、捲れさせることはしなかったはずだ。ゴム手袋のつくられていない姿に、妙に惹かれてシャッターを切った。
もちろん、光の時間帯と配置、ゴム手袋の色もよかった。ゴム手袋が通路のはじのほうに寄せられているのは、マンションの住民が行き来することへの気遣いだろう。撮影だったら、僕はゴム手袋をもう少し真ん中に置いてしまっていただろう。そうではない、リアルな感じがとてもよかった。
僕が思う、RICOH GR IIIの魅力
GRを持ったら、撮るしかない
今回紹介した作品はすべて、イメージコントロールを「ポジフィルム調」に設定して撮った、JPEG撮って出しです。GRは色彩が豊かで、とくにポジフィルム調に設定したときの空の青色が好きで信頼を置くことができ、後から現像する必要性を感じません。順光でアンダー気味に撮影したときの濃い青色と薄い青色のトーンの処理は抜群です。
そして、GR IIIの性能面でとくに優れていると感じるのが、陰影の描写です。コンパクトカメラで撮ったとは思えないような深みがあり、とくに曇りの日は重宝します。曇りの日の撮影が難しい理由には、光がフラットなため写真がのっぺりとした印象になってしまうことがあります。でもGRだと、曇りの日でも陰影を出してくれる。近所の花でもいいので、少しアンダー気味にしてぜひ撮影してみてほしいと思います。
さらに言うと、ウェット感のある描写がよい。僕はウェット感がある描写のほうが好きなのですが、最近のレンズは乾いた雰囲気のものが多くなったと感じています。その点GRは画づくりにおいてウェット感を維持してくれていると感じますね。
持ち運びにベストといえるサイズ感のGRは日常を撮るのに最適。とにかく持ち歩く、そして考えずに撮ることでこそ、その魅力をより享受できるカメラだと思います。ファインダーもないため、撮影という行為に対してシンプルで、「これを持ったら撮るしかない」という感じです。あ、なんかいいなと感じたものがあったら、何も考えずに1枚撮る。そういう意味でも、GR IIIは、まさに日常に寄り添ってくれるカメラだと思います。また日常には、いろいろなノイズ、余計なものが存在します。考えて撮りはじめると、ノイズは取り除かれ、綺麗なものだけが写真に残ります。でもそれは、本当の日常ではないはず。GR IIIの28mmの世界は、さまざまなものまで写ります。写ってしまうのです。そのすべてを受け入れることが日常であり、だからこそGRは日常を残すことを手助けしてくれるカメラだと思っています。
RICOH GR III 製品情報
小型化と高感度・高画質の高性能化を両立した、最強のスナップシューター