チャイ1杯分の時間/ぽんずのみちくさ Vol.94
「トルコでは毎日たくさんチャイを飲みます」。
出発前に読んだガイドブックにそう書いてあって、ふーんそうなんだ、くらいに思っていたけれど、実際にトルコへ行ってみたら、果たしてほんとうに人々は日々たくさんチャイを飲んでいた。
朝ごはんにチャイ。仕事の合間にチャイ。接客がてらチャイ。昼ごはんにチャイ。午後の眠気覚ましにチャイ。スイーツと一緒にチャイ。夕ご飯のあとにチャイ。寝る前にチャイ。
ちなみにトルコのチャイは、日本でなじみ深いミルクティータイプのものとは別物だ。ミルクもスパイスも加えないストレートの状態で提供され、お好みで砂糖を加えるスタイル。お店によるけれど、茶葉をたっぷり煮出した渋めの味のことが多いので、「ちょっと多いかも?」と思うくらい砂糖を足すと、ちょうどいい味になる。砂糖はたいてい、角砂糖。透き通る褐色の中にほろほろ溶けていく角砂糖を眺めていると、旅先で緊張した心がすこしほぐれる。
チャイを飲むときのグラスは、いつも決まっている。ガラスで出来た、ひょうたん形の小さなグラス。金ピカの豪華な装飾を施したものや、取っ手のついた便利なグラスも売られているが、それはあくまでお土産用。みな、グラスの上のほうを器用にひょいとつかんで、あつあつのチャイを飲む。
市場や商店街を歩いていると、必ずと言っていいほど、チャイを運ぶ人を見かける。どうやら、町のチャイ屋さんが出前も受け付けているようだ。新市街の裏路地を散歩していると、ちいさなチャイハネ(茶屋)で、人々が集って談笑している光景もよく目にした。数分後に同じ場所を通りかかるともう誰もいなかったりして、きっとあれはチャイ1杯分の休憩時間だったのだろうと思う。
チャイは飲み物であると同時に、コミュニケーションの道具でもあるのだろう。実際に、お店に入って店員さんと話していると、「チャイを淹れるから飲んでいけよ」と言われることがたびたびあった。チャイを飲んでいるあいだ、より高価な品物を次々と紹介されることもあれば、「お金なんていらんからそこで休憩してけ」と言われることもある。
「もうちょっと話がしたい」の代わりに「チャイ飲もうぜ」と言えるのは、とても便利でちょっとうらやましい。「お酒飲もうぜ」より断然気軽で、「コーヒー飲もうぜ」よりもっとカジュアルで、「お水出しますね」よりもう少し親密。
旅の終わり、自分用に、1つ20円の業務用チャイグラスを買った。美しい模様も輝く装飾もない。だけどこれでじゅうぶん。日々の中で、チャイ1杯分の時間、トルコのことを思い出すのだ。
片渕ゆり(ぽんず)
1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。