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真夏の寒い夜/ぽんずのみちくさ Vol.75

片渕ゆり(ぽんず)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅をおやすみ中のぽんずが送るコラム

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真夏の寒い夜/ぽんずのみちくさ Vol.75

8月も終わりに近づいたある夜のこと。その日は、2回目のワクチン接種を受けに行った日だった。2回目のほうが副反応が出やすいという話は、先に打った友人たちの話やニュースなどで聞いていた。今夜は熱にうなされて悪い夢でも見るのだろうか。普段、熱といえば不意打ちでやってくるものだから、こんなふうに熱が出ることを予感しながら眠るなんて、なんだか不思議な感覚だ。

真夜中を過ぎ、ふと目が覚めた。寒い。室温はいつも通りの28度。しかし寒い。熱に浮かされている感覚というよりは、シンプルに寒い。あらかじめ出しておいた冬用の裏起毛パジャマと、厚手の毛布にくるまる。いざ寒くなってみて頭に浮かぶのは、悪い夢ではなく、同じように寒さで毛布にくるまってた夏の日の記憶だった。

夏のインド、聖地バラナシ。三日三晩、宿のシャワーからなぜかお湯が出ず、汗をかくたび冷水でシャワーを浴びていたら、四日目から寒気がしてきた。「気のせいかも」という思いは、デリーへ移動する飛行機の中で確信に変わった。誰もが半袖シャツを着ている中、私だけが長袖パーカーをきっちり着込んでいる。

デリーに着いてからもやっぱり寒さは続いた。目の前に広がる景色は土埃と熱気を帯びているのに、自分だけが寒がっている。予約していた宿につくと、スタッフが近くの病院を紹介してくれるというので、素直に連れて行ってもらうことにした。

野犬のたむろする細い路地を抜け、向かった先は、ビルの一階にあるこぢんまりとした病院だった。手前に診察室、奥にベッドが2、3台。簡素な作りは、どこか学校の保健室を思い出させる。

ちなみに、キャッシュレス診療というものを利用した。クレジットカードに付帯するサービスで、現地でお金を払うことなく診察してもらえる便利なシステムだ。しかも同じクレジットカードの保険の適用範囲内とのことで、診療も薬も無料だという。なんてありがたい。

「ただの疲れでしょう」ということで、栄養剤の点滴を打ち、しばらく奥のベッドで寝かせてもらうことになった。静かな診療所の中にいると、不思議とデリーの街の喧騒が遠くに感じる。鳴り響くクラクションも、エンジン音も、人々の大声も、薄い膜を隔てているよう。

点滴を打ち終わるころには、すっかり悪寒も引いていた。

けっして「楽しい思い出」とは言い難いようなことでさえ、今となっては懐かしく思えるから不思議だ。デリーの診療所にいるときは自宅の柔らかなベッドを恋しく思っていたはずなのに、今、自宅で毛布にくるまりながら、デリーの診療所を思い出している。

もう一度眠ろう。目が覚めるころには、寒さも引いているはずだ。

片渕ゆり(ぽんず)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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