大熊町ってどんなところ?
大熊町は、福島県の太平洋沿岸に面する「浜通り」と呼ばれる地域にある町。2011年の東日本大震災で発生した原子力発電所事故により、帰還困難区域に指定されていた場所でもあります。現在では「特定復興再生拠点区域」の避難指示が解除され、約11年ぶりに町への居住が可能となりました。そして、これまでの時間を取り戻すかのように、大熊町は今、復興への歩みを進めています。
起業家・動画クリエイターの大川優介から見た大熊町はどんな場所?
大川さん
「普段、僕は観光地だったり文化が発展している街を撮影し、その様子を伝えることをメインの仕事としています。大熊町は今まさに復興が始まった場所ということで、訪れる前から自分の感覚としていつもと違うイメージと期待感がありました。新しい形でコミュニティを復活させている場所。そこで、今までの歴史と新しい価値観が混ざりあっていく状況を垣間見られたことは、すごく大きな経験になったと思います。この町にとって日本にとって、大事なことって何なのかを考えるきっかけになりました。
そんな大熊町の“今”を動画にも収めてきましたので、ぜひご覧下さい」。
大川さんが取材した様子がvlogに
【震災から13年】福島県大熊町の今 - Yusuke Okawa | BMPCC 6K Pro
大熊町起業家インタビュー:株式会社ReFruits 取締役阿部さん
大熊町に根付いていたものを、取り戻せたらいいなという思い
大熊町はもともと温暖な気候で、梨やキウイの果樹栽培が盛んな町でした。震災後は以前田畑だったところに町役場や商業施設が並ぶ「小さなまち(復興拠点)」を作るところから、大熊町はリスタート。今は、そこから車で10分ほどの場所に建つ『大熊インキュベーションセンター』に、夢を持った起業家たちが多く訪れ入居しています。今回は、数ある企業の中から、株式会社ReFruitsの取締役 阿部翔太郎さんに、起業したきっかけ、そして大熊町での過ごし方を伺いました。
■PROFILE
取締役 阿部翔太郎
慶應義塾大学法学部政治学科3年。2020年より、福島県大熊町でドキュメンタリー制作のための取材活動を行い、2021年には代表を務める慶應義塾大学公認学生団体S.A.Lで「あじさいプロジェクト」がおこなってきた聞き書き活動の記録を収録した冊子『架け橋』を環境省と合同で完成させる。2022年度は大学を休学して現地に居住し、先端領域の法整備に取り組む『RULEMAKERS DAO』のメンバーとしても活動。2023年、代表の原口さんと共に、株式会社ReFruitsを設立。
大川さん:大熊町に来たきっかけは?
阿部さん
「私が大熊町に来たのは、大学のサークル活動がきっかけです。2年ほど大熊の取材を続けた後、さらに興味が湧いて大学を1年休学し、しばらくこちらに住んでいた時期もありました。今は平日は東京、週末は大熊町という2拠点生活ですが、4月から4年生になるので、こちらに引っ越してくる予定です」。
大川さん:そこからどうして、大熊町でキウイ農家に?
阿部さん
「将来は記者志望だったので、大学1年のときから町の人に取材をしていたんです。町の方と話をしたり調べたりしていくうちに、大熊町はキウイや梨などのフルーツが特産だったと知りました。『名物だったキウイや梨がなっている風景を見たい』『季節になると、梨の花が咲いて一面きれいだった』『学校帰りには果樹園に行ってフルーツをもらってきた』という話を町の方から聞いているうちに、キウイを育ててみたいという思いが芽生えてきました。
そこから、この町にもともとあった、根付いていたものをもう一度取り戻せたらいいなという思いで代表の原口と2人で、会社を始めることにしました」。
大川さん:キウイはどれくらいから収穫できるようになるのでしょうか?
阿部さん
「キウイは収穫できるまでに3年くらい掛かります。僕らは今年初めて植えたので、最初の収穫は2026年の予定ですね。最初は少量で、だんだん木自体が大きくなっていき、だいたい7〜8年くらいである程度成木になる。満足いく量が収穫できるようになるまでは、まだしばらくかかります」。
大川さん:なるほど。では、キウイでどうやって大熊町を盛り上げていきたいと思っていますか?
阿部さん
「目標としては、産業としてしっかり続けていくこと。とても重要なことだと思っているので、ある程度の規模でやっていきたい。また、僕の思いとしては、自分たちが作ったキウイが全国に流通して、それをきっかけにこの町のことを知ってもらったり、僕らの畑に遊びに来てくれる方がいたらいいなと。そうなれば、またひとつ、この町により多くの人が関わってくれる。また、大熊町にもともとお住まいだった方の9割近くは町外で避難生活を送られているので、そういった方にも僕らのキウイが届いたら嬉しいなと思っています」。
大川さん:阿部さんたちにとって、大熊インキュベーションセンターとは、どんな施設ですか?
阿部さん
「僕らが大熊インキュベーションセンターを利用させてもらっているのは、起業する上での条件がすごく整っているから。簡単に事務所登記できますし、町としての補助制度も備わってるし、メンターみたいなサポートしてくださる方もたくさんいらっしゃるので、起業したい人には本当におすすめの施設です」。
大川さん:では、大熊町で過ごす阿部さんの1日を教えてください。
阿部さん
「大熊町で過ごす1日は、畑作業から始まり、事務作業などはインキュベーションセンターで行っています」。
・朝:畑作業
新しい苗を植えるための準備で農作業が忙しく、まずは畑に行って作業をします。キウイの苗を植えるための穴を掘り、その穴に肥料を入れ、土と肥料の混ぜ合わせなどを行います。
また、僕らの畑の周りは震災後に誰も農業をやっていなかったので、農業用水路が10年以上放置されていました。全然水を通さない状態だったので、泥上げをしたり、詰まっている落葉を除去したりして水が流れるように整備するのも役目です。作業は基本的には私と原口ですが、インターンの方たちや、学校の子どもたちが手伝ってくれることもあります。
・昼:事務作業、昼食
畑作業後、大熊インキュベーションセンターに戻り、一旦休憩。その後は事務作業。例えば、融資の計画書を作ったり、補助金の申請書類を書いたり。今はその事務作業が一番多いです。お金関係の整理や次の申請に向けた準備をしています。あとはキウイの苗を植える前には、肥料の配合、何種類試すか、どのように苗を配置するかなども考え、資料を作ります。
・午後:資材の買い出しなど
午後はまた畑に戻ったり、隣町にあるJAやスーパー、ホームセンターに肥料や資材を仕入れに。そこから戻ってきて再度作業することも。
・夜:みんなで集まって夕食
小さな町なので、起業してすぐに知り合いも増え、今は割と顔なじみが多いため、夜はみんなでご飯を食べることもよくあります。それをモチベーションに、朝から頑張って作業をしています。だれかの家に集まって食事をすることが多いですね。
その後、大熊インキュベーションセンターに戻って、引き続き作業をすることもあります。Wi-Fiも速くて、電源も取れるし、大きなモニターも使えるのでとても便利なんです。あとはいろんな椅子があるのがいい。座り心地が違うので気分転換にもなります。同世代で頑張ってる人もいるので、元気をもらいながらできる環境で快適です。
大川さん:大熊町に来ない日はどのように過ごされていますか?
阿部さん
「ここ一年はほぼ、東京の大学に行っていました。大学に行かない日は、東京で話を聞いて回っています。知り合いがいる市場の見学をさせてもらったり、知り合いの飲食店でどういうキウイだったら欲しいかなど、話しを聞いて勉強をさせてもらっています。あとは、『おおくまキウイ再生クラブ』という任意団体として、東京でイベントに出展させていただいたりすることも。
自分で会社をやろうと思ってからは、隙間バイトのアプリを使ってスーパーで働いたり、東京で福島産の品を販売するイベントのスタッフとしてお手伝いをさせてもらったり、起業に向けてさまざま準備してきました」。
OIC創設者インタビュー:チーフインキュベーションオフィサー直井勇人さん
人の交流が途絶えないようにこの施設を継続していく必要がある
大熊町の新産業創出の場、『大熊インキュベーションセンター(OIC)』のチーフインキュベーションオフィサーの直井勇人さんにお話を伺いました。
大川さん:起業を検討している人に向けて、OICではどのような支援を行っていますか?
直井さん
「もともと大熊町は、新しい人たちを受け入れる雰囲気がある町でした。震災によりゼロからの町になってしまったのですが、逆に新しくチャレンジしやすい場所にもなった。OICとしては、ほかのところではできないような実証実験などにも出来る限り協力し、お手伝いさせていただけたらと思っています。起業家育成プログラムやセミナーなども開催しています」。
大川さん:どんな方に来ていただきたいですか?
直井さん
「新しいチャレンジをしたい、何か新しく始めたい方に来ていただけたらと思っています。店舗もなくなってしまった場所ですので、便利ではないです。いろいろと自分で作らなくてはいけない場所です。楽しいことをやりたければ自分で考えなきゃいけないですし。でもそういうことを楽しめる、前向きな人たちに来てもらえると嬉しいですね。また、基幹産業を作りたいということもあるので、ドローンや半導体などの産業で世界を目指している方々に来ていただけたら有り難いです」。
大川さん:どれぐらいの方が実際に登録しているのでしょうか?
直井さん
「会員としては、現状では100社ほど登録していただいています。ただ、一般の方も利用できるので、そちらも含めると、月1000人ぐらいの方に使っていただいている計算です。もうすぐ2年なので、延べ人数で1〜2万人の方が利用しています」。
大川さん:すごいですね。想像以上の起業数です…!
直井さん
「はい、嬉しい悲鳴です。思いのほか利用いただいているので、有り難いです。もちろん大熊町を再生することも理想ですが、そこにこだわる必要はないかなと思っています。OICとしては継続していくことが重要だと考えていますので。産業を作り出すのには10年、20年とかかります、だからこそこの施設の運営として、サステナブルに継続をしていくっていうことが一番重要だと思っています。人の交流が途絶えないようにすることが大切ですね」。
大熊インキュベーションセンター(OIC)はどんな施設?
大熊町はもともと原子力発電所がある町だったため、産業のほとんどが原子力発電所の周りにあり、それに関わる仕事や、そこで働く人へ向けての商売と農業が主たる産業でした。震災後、10数年にわた渡って人の流れが止まっていた大熊町を復興するにあたり、これから10年後、20年後、この町に人が住まなくならないような新産業を作りだすための施設『大熊インキュベーションセンター(OIC)』が、町の基幹産業創出の場として作られました。
旧大野小学校をリノベーションした広々とした施設内には、コワーキングスペースやシェアオフィス、交流スペースを兼ね備えており、若い起業家へ向けたスタートアップ支援を行っています。そのほか、上場企業が新産業を始める際の準備室や会議室として利用されていることも多く、また地域住民との交流イベントやセミナーの場としても活躍しています。
取材を終えた、大川優介から見た大熊町
大川さん
「学校だった場所を取り壊さずにコワーキングスペースやシェアオフィス、コミュニティスペースなどにリノベーションした『大熊インキュベーションセンター』は人々が繋がれる場所。企業も個人もいろんな人と結びつくことで、化学反応が起こり新しいことが生み出されると思うので、今回お邪魔してみてすごく興味が湧きました。
今って、東京みたいなメジャーなところに事業が集まりすぎていますよね。もっと分散させて、その場所だからできる事業で表現した方が、個性が出せると思うんです。ひとりの表現者としてはもちろん、企業としても大事なことだと思います。東京に固執せず、もう少し自分がゆったりと集中できるような場所に行って、新しいことを始めてみる。大熊町はそのひとつの候補としても選びたくなる町でした」。
大熊町で新しい“なにか”を始めてみませんか?
まだまだこれから新しい発展をしていく大熊町。これから作られていく町だからこそ、できることは無限です。何か新しいことを始めたいと思っているならば、一度足を運んでみるといいかもしれません。OICには個性豊かなスタッフの方が大勢常駐しています。また、さまざまな企業の入居者の方とも気軽にコミュニケーションが取れる場所。ぜひ、刺激を受けに訪れてみて下さい。
大川優介
TranSe Inc.取締役/動画クリエイター
‘Self expression’ is my origin. 原点は自己表現。
趣味であるサーフィンをアクションカメラで撮影し、SNSで発信していたことをきっかけに映像の世界に心を奪われる。海外のクリエイターのYouTubeを参考に独学で編集を学び、ハイクオリティなコンテンツをSNSで発信することで支持を獲得。
より多くの人に「動画/ 表現という選択肢を」というミッションのもと、国内外の大手メーカー各社とのタイアップで映像の魅力を発信しつづけている。新たに自社にてイメージングブランドを立ち上げ、多岐に渡り活動している。