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ブルーハワイは水星の味/龍崎翔子のクリップボード Vol.52

龍崎翔子<連載コラム>第2木曜日更新
HOTEL SHE, 、香林居、HOTEL CAFUNEなど
26歳にして複数のホテルを運営する
ホテルプロデューサー龍崎翔子が
ホテルの構想へ着地するまでを公開!

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ブルーハワイは水星の味/龍崎翔子のクリップボード Vol.52

セーラームーンごっこをするときは、きまってマーキュリーの役だった。髪型なのか、背格好なのか、性格なのかわからないが、いつもわたしにはセーラーマーキュリー役が割り当てられた。〇〇ちゃんばかりずるい、わたしもセーラームーンがしたい、と思うこともあったが、次第にセーラーマーキュリーを自分のアイデンティティの一部として受け入れるようになった。保育園の外遊びの時間の記憶である。

旅先には、音楽を持参するようにしている。あまり普段から聴いていない、自分の中で擦られていない音楽を旅先で繰り返し聴き込むことで、あとから同じ曲を耳にしたときに記憶の蓋がぶわっと開いて、そのときの等身大の自分の感情が蘇ってくるような感覚が好きだ。

2016年に鎌倉に遊びに行ったとき、誰もいない季節外れの由比ヶ浜でiPhoneから流れていたのがtofubeatsの水星だった。曇り空と、波の音と、足元の砂の感触と、吹き抜けていく暖かい風の中で身体を揺らした記憶が今でもありありと蘇ってくる。それは付き合ったばかりの恋人との旅で、その旅が終わると私たちはしばらく会えなくなる予定だった。そんな幸福感の中に一抹の喪失感が溶け込んで広がっていくような感覚も鮮明に思い出せる。

私たちはホテルをつくって、人の生活や人生を少し鮮やかにしたいと思っている。それも、それまで良い選択肢がなかった退屈で未開拓の領域に、「自分らしい」と感じられるようなものをつくりたい。さらには、そこにたくさんの面白い選択肢のできるきっかけになれば良いとも思っている。

それはまるで、辺境の独立遊軍のように、人の群がる都市から背を向けて、荒野へと走り出す。誰にも見向きもされない場所に腰を下ろして、あたりを開拓しながら生活を営む。やがて井戸が湧き、動植物が増え、人が集まり、集落を営み出したら、さっさと荷物をまとめてまた新しい僻地に向けて軽やかに旅立っていく。

古来、商人は旅人だった。彼らは都市と都市の間に横たわる広大な辺境を商品とともに旅することで富を築いた。彼らは同時に、商品だけではなく情報を運ぶ使者でもあった。ギリシャ神話に登場する神の1人であるメルクリウスは、翼の生えた靴を履き風のように速く走ったことから、商業、旅人、情報の守護神となった。そして、その名は、88日という短い公転周期をもつ惑星である水星に冠せられた。

諸般の事情で7年の苦楽をともにした社名を変更することになったとき、候補に浮上したのが「水星」だった。旅や商業の神であり、乾いた大地を潤す水の星でもある。明け方と夕方のごくわずかな瞬間にしか観ることができず、太陽に近いがために探索も難しい、近くて遠い謎めいた惑星。厭世的で耽美的な、水星という名とともに、これからも旅に出ようかと思っている。

龍崎翔子

龍崎翔子/SUISEI, inc.(旧:株L&G GLOBAL BUSINESS, Inc.)代表、CHILLNN, Inc.代表、ホテルプロデューサー
1996年生まれ。2015年にL&G GLOBAL BUSINESS, Inc.を設立後、2016年に「HOTEL SHE, KYOTO」、2017年に「HOTEL SHE, OSAKA」を開業。
2020年にはホテル予約システムのための新会社CHILLNN, Inc.、観光事業者や自治体のためのコンサルティングファーム「水星」を本格始動。
また、2020年9月に一般社団法人Intellectual Inovationsと共同で、次世代観光人材育成のためのtourism academy "SOMEWHERE"を設立し、オンライン講義を開始。2021年に「香林居」、2022年に「HOTEL CAFUNE」開業。

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