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風を可視化する/龍崎翔子のクリップボード Vol.56

龍崎翔子<連載コラム>第2木曜日更新
HOTEL SHE, 、香林居、HOTEL CAFUNEなど
26歳にして複数のホテルを運営する
ホテルプロデューサー龍崎翔子が
ホテルの構想へ着地するまでを公開!

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風を可視化する/龍崎翔子のクリップボード Vol.56

カーテンとか、風鈴とか、風にゆらめくものが好きである。

気圧差が生まれて、空気が流れ込む、科学的に説明すればたったそれだけだけど、風は、温度、湿度、そして速度と、多くの情報を纏ってその土地の空気感を形作る。むわっと生暖かい南風も、磯の香りを運ぶ潮風も、山の向こうから吹き込んでくる空っ風も、土地の空気を肌身に鮮烈に感じさせる。

大阪のホテルを建てる前、アスファルトを剥がした剥き出しの地面に真っ白のテントを立てて、地鎮祭を執り行ったことがある。果物と日本酒が添えられた祭壇の前には、パイプ椅子が並べられ、見渡す限りスーツ姿と作業服姿の男性の中で、プリーツスカートにキラキラした銀糸のソックスを合わせていた私は明らかに浮いていた。式の間中、私は主に地面を眺めて過ごしていた。神主がかしこみかしこみと土地の神を鎮め工事の成功を祈る祝詞を奏上し終わる間際、テント全体がふわっと揺れ、息を吸い込むようにゆっくりと広がり、垂れた布の切れ間から射し込む光が強まった。それはなんだか、祝福されているかのようだった。生まれて初めて、もしかしたら土地の神様はいるのかもしれないと思った。

奈良の古民家の宿に泊まった時、薪ストーブのサウナに入っていると、そこの女主人がふいごのようなものを持ってやってくるや否や、ストーブの炎に向かってふうふうしだした。どうやらサウナの火を調整してくれているようだった。小さくしゃがんで息を吹き込んだり薪を放り込んだりしている背中が、「カルシファーは風使いだから」と言った。炎は、風を栄養にして燃える。そのサウナは、どことなく優しい熱さだった。

小笠原で過ごした宿の入り口にはのれんがかかっていて、風が吹くたびに揺れ動いていた。凪いだ日には深呼吸をするように、嵐の前日には荒々しく。いつまで見ても見飽きることのないそののれんの姿は、島の天気そのものだった。

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風は、目に見えない。写真にも写らないし、映像にも残らない。それは肌でしか感じることができない、身体的な土地感覚なのだと思う。だから、人は画面越しの美しい写真では飽き足らず、わざわざ遠くまで足を運ぶ。でも、風が可視化された時、揺れるカーテンやのれん、草木に、炎や雲の形が移ろい、波が立つのを目にした時、不規則に揺れ動くその姿に何かの意志というか、生命の気配を感じるのだと思う。

沖縄のさとうきび畑の畔道に立った時、あたりに湿った温かい風が吹き込むと、一面のさとうきびが一斉にザワザワとざわめき声のような音を立てながら揺れた。この音も、肌感覚も、きっと10年前とも、100年前とも変わらないんだろうと思うと、ゾワっと身体中が震えるような感じがした。

この世界中に、地形が同じ場所は一箇所もない。地形が異なれば、気候が変わり、気候が変われば生活が変わり、生活が変われば歴史が変わり、歴史が変われば文化が変わる。風は、長い時間をかけてその土地を形作った要素そのものであり、だからこそ、風が可視化された時に、人はそこに土地の息吹が宿るのを見出すのだろう。

龍崎翔子

龍崎翔子/SUISEI, inc.(旧:株L&G GLOBAL BUSINESS, Inc.)代表、CHILLNN, Inc.代表、ホテルプロデューサー
1996年生まれ。2015年にL&G GLOBAL BUSINESS, Inc.を設立後、2016年に「HOTEL SHE, KYOTO」、2017年に「HOTEL SHE, OSAKA」を開業。
2020年にはホテル予約システムのための新会社CHILLNN, Inc.、観光事業者や自治体のためのコンサルティングファーム「水星」を本格始動。
また、2020年9月に一般社団法人Intellectual Inovationsと共同で、次世代観光人材育成のためのtourism academy "SOMEWHERE"を設立し、オンライン講義を開始。2021年に「香林居」、2022年に「HOTEL CAFUNE」開業。

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