ピースフルなお茶/龍崎翔子のクリップボード Vol.45
実は嗜好品はそんなに好きじゃない。茶も酒も珈琲も煙草も。これは、ホテル作りに携わる人間としてはかなり勇気のある告白だと思う。いい宿を作る条件の一つは、間違いなく趣味人であることだろうから。
そんな中で、ふとしたご縁があって、中国茶のお稽古場に伺う機会があった。「お茶を淹れましょうか?」という言葉のイメージから1時間くらいでお暇する予定でいたのだけど、「いつも4時間くらい、長いときは一晩中お茶会をしているから1時間で終わるかわからない」と言われ、急遽そのあとの整体の予約を取り消した。
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中国茶の茶杯はひとくち、ふたくちでなくなってしまうほど小さくて、その代わり何杯も飲むうちに刻々と変化する味わいにどんどん感覚が研ぎ澄まされていく。白湯、中国茶、台湾茶、韓国のお酒のお茶割り、そしてまた中国茶……。初めて会うふたりが、暖かな香りを立てる茶器の上で、たわいもない話に花を咲かせる。そしてふと、これが中国茶の世界なのだと感じた。
初めて会って、意気投合して何時間も話し込むなんて今の時代ファンタジーに近い奇跡だと思う。ただ、お茶という媒介を通じて、人は話す口実を得、その場所に留まる理由を手にいれる。お茶を飲んでいるうちに、相手について深く知り、お茶を飲んでいるうちに、自分について語り出す。
これは完全に門外漢の寝言だけど、日本の茶の湯の世界も、主人と客人が相対しまみえる作業瞑想としてのイニシエーションだと感じることがある。それは中国茶の世界とはちょっと違っていて(中国茶はどことなく詩的で饗宴のような響きがあると感じている)、それでいて通底するものは確かにある。
昔、中学の国語の教科書の冒頭の論説が、茶の湯の世界について論じていた内容だったことを思い出した。筆者は、日本から遠く離れたサハラ砂漠のキャンプ地で、現地の遊牧民族の案内人に、ブリキのカップに入ったお茶を差し出されたという。そのとき、主人と客人を介在する道具としての『茶』が浮き彫りになった、といったエピソードが紹介されていた印象が微かにある。
内モンゴルのゲルで出されたチャイ、事務所にさりげなく置かれているお菓子、脱毛のエステでもらったペリエ。もてなしとは愛で、もてなしとは対話の口実なのだと。そんなことを感じさせられる茶の世界だった。
新しく開業するホテル「香林居」では、その地名の遠い由来となった、紹興の景勝地の金木犀の森に想いを馳せて、明治・大正のアンティークの茶器で桂花茶を出す。この一杯のお茶が、ピースフルな出会いのきっかけとなることを願って。
龍崎翔子
龍崎翔子/L&G GLOBAL BUSINESS, Inc.代表、CHILLNN, Inc.代表、ホテルプロデューサー
1996年生まれ。2015年にL&G GLOBAL BUSINESS, Inc.を設立後、2016年に「HOTEL SHE, KYOTO」、2017年に「HOTEL SHE, OSAKA」を開業。
2020年にはホテル予約システムのための新会社CHILLNN, Inc.、観光事業者や自治体のためのコンサルティングファーム「水星」を本格始動。
また、2020年9月に一般社団法人Intellectual Inovationsと共同で、次世代観光人材育成のためのtourism academy "SOMEWHERE"を設立し、オンライン講義を開始。2021年に「香林居」開業。