カジュアルな温泉/龍崎翔子のクリップボード Vol.11
HOTEL SHE,KYOTOのすぐ近くに昔ながらの銭湯がある。古びた建物の佇まいや、番台の女将さんのあたたかさや、テレビのついてるサウナや、3分20円のマッサージチェアが大好きで、京都にいるときはよく行く。
500円で憩えるオアシスといえば、「カフェより銭湯」と断言できるほど、サードプレイスとして私の生活に入り込んでいる。
湯河原で温泉旅館を引き継いだ時、何より嬉しかったのは毎日温泉に入れること。どんなに疲れていても、仕事終わりに誰もいない温泉に飛び込めば身体のだるさも雲散霧消して、まるで水生動物になったように温泉の中で自由自在に漂う生活が私に合っていた。
ところが、いざ友人に温泉旅館「THE RYOKAN TOKYO YUGAWARA」を始めたよ、と伝えると、『温泉旅館に泊まるなんて贅沢』といったリアクションをされることに驚いた。
バブルが崩壊してから、かつてのような大箱の旅館は経営が厳しくなって、生き残りをかけて小規模・高単価化する宿が増えた。
日本の温泉文化は長い歴史をもち、かつては農民が農閑期に湯治に利用したり、作家が温泉地にこもって創作をしたりと、温泉はもっと日常の延長線上にあった存在だと思うのだが、いつのまにか特別な日の贅沢行為になってしまった。
長い目で見ると、このトレンドが続く限り温泉業界の市場は縮小してしまう。
だから、私はもっとカジュアルに温泉に来て欲しいと思う。とびきりの贅沢として温泉旅館に行くのではなくて、銭湯やネットカフェに行くような感覚で行ける温泉旅館を作りたい。
温泉シーンには、よく考えれば固定概念に過ぎないと思われる慣習が多く残っている。男女別浴であること。裸で入ること。刺青NGなこと。飲酒が禁止されていること。音楽がかかっていないこと。
もちろんそれぞれに由来があり、その正当性や伝統としてのあり方も理解できるが、それ以上に、時代のニーズに即した形に温泉の役割を変えていくことも不可欠だと思う。
温泉水で泳げるプールや、照明や音楽に趣向を凝らした温泉、はたまた温泉旅館にこもって缶詰になれるような宿泊体験・・・
温泉シーンにニューウェーブをもたらしていきたい。
【龍崎翔子のクリップボード】バックナンバー
龍崎翔子
2015年、大学1年生の頃に母とL&G GLOBAL BUSINESS, Inc.を立ち上げる。「ソーシャルホテル」をコンセプトに、北海道・富良野に『petit-hotel #MELON』をはじめとし、大阪・弁天町に『HOTEL SHE, OSAKA』、北海道・層雲峡で『HOTEL KUMOI』など、全国で計5軒をプロデュース。京都・九条にある『HOTEL SHE, KYOTO』はコンセプトを一新し、3月21日にリニューアルオープン。