何を着るかではない、アイロンひとつで手に入るお洒落もある/市川渚の“偏愛道” Vol.20
前回は洗濯の話を書いたのだけれど、洗濯と切っても切れない関係にあるのが、アイロンがけだろう。このアイロンがけ、家事の中でもかなり嫌われがちな作業ではなかろうか。知識やコツが必要な作業であるわりに、それを学ぶ機会もない。私は服作りとデザインを学んでいた学生の頃、服の素材ごとの扱い方や特性をアイロンの使い方と共に教わったのだが、そんな教育を受ける人はかなりの少数派だろう。そういえば恩師は「服の仕上がりは最後のアイロンにかかっていると言っても過言ではない」なんてことを言っていた。同級生が課題で制作した服を最終提出すると「アイロンが甘い」としばしば突っぱねられていたことを思い出す。
ワイシャツのような日常使いするけれどケアに手間がかかるような服は、クリーニング店にお任せしてしまうのだけれど、前回紹介したような「ハイベック」のような洗剤を使って自宅クリーニングする場合は、ただでさえ扱いにくい“お気に入りの”服に自分でアイロンがけをするという行為は避けられない。とはいえ、洗濯、乾燥の過程を経て、しわしわになってしまった服が、アイロンをかけていくことで見事に蘇っていく、その過程は個人的にはたまらないものである。
アイロンはここ2年くらい、ひょんなことから頂いたスイスの「LAURASTAR」というメーカーのものを使っている。日本では手に入りづらいメーカーの製品なのだけれど、業務用のスチームアイロン並みに強いスチームが出るところがお気に入りだ。ただし、コードレスではないので取り回しが結構大変なこと、そして本体がかなり大きくて場所をとることが玉に瑕。以前は、家庭用アイロンの中ではスチームも強力で適度に重さがあり使いやすい「T-Fal」のものを愛用していた。手に持って使う家電は基本的に軽量なものほど使いやすい傾向にあるが、アイロンに限っては、そうではない。シワを取るためには、熱と圧が必要なので、適度な重さがあるものの方が、圧をかけやすく、短時間でシワがよく取れ、布の痛みも最小限で済む。
アイロンと一緒にぜひ揃えておきたいのが、“あて布”。服の縫代部分など布が重なった部分にギュッとアイロンをかけたときに、テカリが出てしまったり、アイロンの跡がついてしまったりといった、服を痛める事態を防ぐことができる。要らない布で代用することもできるが、あて布として売られているメッシュのものはスチームもしっかり通すし、熱をすぐ発散してくれるのでおすすめだ。実は私も要らない布で代用していたのだが、最近メッシュタイプのものを購入して、便利さと仕上がりの良さには驚いた次第(いかにも洗濯用品的なブルーのパイピングが施されたデザインが気にならなくはないが……)。やはり、餅は餅屋なのである。
アイロンとアイロン台を家に置いておくのはちょっと……と思われる場合、最近はコンパクトなスチーマーも色々と販売されているので、それらがおすすめだ。洗濯してヨレヨレになってしまったTシャツやパーカーといったカジュアルなお洋服も、サッとスチームをかけるだけできれいになる。これからの季節はジャケットやコートなどアウター類の防臭、除菌にも便利だ。スチームにプラスして、手にはめて使うタイプのアイロンミトンも用意しておくとなおよし。
ブランドものや流行のアイテムを身につけて着飾るお洒落も楽しいけれど、手入れの行き届いた清潔感のある服に身を包むこと、それもひとつのお洒落のかたちかな、と個人的に思っている。服がいつもパリッとしている人は、それだけで素敵に見える。
さて、この連載もついに20回目となった。今回はつらつらとアイロンについて語ってしまったが、実はこれが最終回となる。これまで、実際に愛用しているものとそれを選んだ理由、ものを選ぶ基準、“好み”の変化や年齢を重ねて逆にこだわらなくなったことなど、さまざまな角度から、自分の「偏愛」や「こだわり」の正体を探ってきた。
そんな中から、改めて、自分がいかに自分本位で生きているかということを突きつけられ、ある面では反省しながらも、自分の中に“これだけは譲れない“という確固たる指針のようなものを持っておくことの強さを実感したのであった。自分の考えや意志、決断を揺らがせるようなネガティブな外的要因があったとしても(例えば、昨今のコロナ禍の生活など)決して揺らがぬ、自分の核を育てておくことの大切さ。頑固者の偏愛は、これからも続いてゆくのである。
【GENIC編集部より】
「市川渚の“偏愛道”」をご愛読いただきまして、ありがとうございました。市川渚さんには、また新しいテーマでご登場いただく予定です。リスタートを楽しみにお待ちくださいませ。
市川渚
1984年生まれ。N&Co.代表、THE GUILD所属。
ファッションとテクノロジーに精通したクリエイティブ・コンサルタントとして国内外のブランド、プロジェクトに関わっている。自身でのクリエイティブ制作や情報発信にも力を入れており、コラムニスト、フォトグラファーやモデルとしての一面も合わせ持つ。