龍崎翔子初の著書
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実家に泊まる/龍崎翔子のクリップボード Vol.63
人の家に行くのが好きである。
玄関を入った時の嗅ぎ慣れない生活の匂いにささやかな非日常を感じ、見慣れない家具や置物のひとつひとつに流れる物語を想像する。壁に飾ってある写真や本棚に積み上げられた本をまじまじと眺めて、ああ、この人はこんな人だよなあと、家主の世界に思いを馳せる瞬間。
洒落たカフェよりも、洗練された宿よりも、誰かの人格を原液で浴びる瞬間に、何よりものときめきを感じるのだと思う。
思えば、場末のエステが好きだ。路地裏の雑居ビルの3Fにあるような、日本語があまり通じない店員さんが雑に身体を揉んでくれるところがいい。入り口で客を出迎える魚のいない水槽に、カウンターに置かれた謎の仏像、安っぽいトイレの芳香剤の香りに壁にかけられたカレンダー。その全てのこだわりのなさそうさに心なしか安心するのである。
いつからか、素敵なサロンに行くとなぜか疲れるようになった。建築に、内装に、制服に。センスが良くて洗練された空間はもちろん素敵なはずなのだけど、あ、この家具はリプロダクトだなとか、こんなリピーター施策をしているのかとか、このスタッフさん素敵な方だけどプライベートでもこの人格なのだろうかとか、様々な刺激や発見と引き換えにたくさんの邪念をお土産に持ち帰るようになってしまった。
洗練されていることと、作為的であることは表裏一体で、疲れている時こそ美しい作為を心が拒絶するのである。
実に悲しい職業病だが、商業の文脈上にある美しい虚構を見かけた時、その虚構に没入しきれずに、虚構を維持する人々の心労に没入してしまう身体になってしまっていた。そして、それは安らぎからは最も遠い感情であった。
彼氏の実家は、長野の山奥でもなく、かといってど田舎でも、市街地でもない、国道沿いにあった。世界が謎の感染症によって阿鼻叫喚に包まれる前の年末、父親の仕事のために両親がアメリカで過ごしていた関係で、ひとり卒論執筆を抱えながら年を越すことになった私は、交際していた彼氏の実家に身を寄せることになったのだった。
親族以外の家で年越しをするのは初めてだった。私の実家ではお節が出たことがなかったので、彼氏の家族みんなが大勢で食卓を囲んで、ローストビーフの入ったお節やお寿司を食べている光景が何よりも新鮮だった。私の実家では生野菜のサラダが出たことがないので、毎晩夜にカニカマが入ったサラダが出てくることですら新鮮だった。そのことを彼氏の家族に伝えたら、「大したことできなくてごめんね!」とのことだった。誰しもが当たり前に何気なく過ごしている日常生活だからこそ、その非日常が際立つのだと考えさせられた。
彼氏の実家の裏手には、家庭菜園と水田があって、この畦道を通って通学していたんだと誇らしげに語っていた。日本アルプスと、民家と、送電線と、ビニールハウスと、錆びついたバスケットゴール。それはどこにでもありふれた、決して特別な景色ではないのかもしれないけど、よく知っている人の人格を投影すると、なんだか眩しく見えた。
思えば、私が珍しく実家に帰ると、部屋はピカピカで、お花が活けられ、辺りには百合の香りが漂い、テーブルには大好物の料理が所狭しと並んでいた。かつての私の自室にはぬくぬくと暖房がかかり、ふわふわの布団がベッドにかけられていた。訊くと、私が帰ってくることを励みに、両親総出で頑張って家を片付けたのだという。学歴だけがピカピカとメッキがかった、出来の悪い不肖の娘のために、ここまでもてなしてくれるのかと感慨深く感じたことを覚えている。
実家が好きだ。愛と生活が堆積した空間。そこにある等身大の人格と、野性のおもてなしが好きだ。原始的な、人間の原液を感じられる、そんな空間をつくりたいと常々思っている。
龍崎翔子
龍崎翔子/SUISEI, inc.(旧:株L&G GLOBAL BUSINESS, Inc.)代表、CHILLNN, Inc.代表、ホテルプロデューサー
1996年生まれ。2015年にL&G GLOBAL BUSINESS, Inc.を設立後、2016年に「HOTEL SHE, KYOTO」、2017年に「HOTEL SHE, OSAKA」を開業。
2020年にはホテル予約システムのための新会社CHILLNN, Inc.、観光事業者や自治体のためのコンサルティングファーム「水星」を本格始動。
また、2020年9月に一般社団法人Intellectual Inovationsと共同で、次世代観光人材育成のためのtourism academy "SOMEWHERE"を設立し、オンライン講義を開始。2021年に「香林居」、2022年に「HOTEL CAFUNE」開業。