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黄色いネイルの女の子/ぽんずのみちくさ Vol.18

ぽんず(片渕ゆり)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅をおやすみ中のぽんずが送るコラム

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黄色いネイルの女の子/ぽんずのみちくさ Vol.18

海外旅行の醍醐味といえば、真っ先に思い浮かぶのはやっぱり異国の街や人との出会いなんだけど、じつは「日本人との出会い」も魅力だと思う。会社と家を往復する普段の生活の中では出会いようのない人と、海をこえた先で出会うことがある。

彼女の名前は仮にさえちゃんとしよう。彼女と出会ったのは、地球の反対側、キューバの街だった。

キューバへ行こうと思い立ったのは、職場の先輩たちが立て続けに訪れており、しかも全員が口を揃えて「良かった」と感激しており、しかしそのくせ「キューバのどんなところがそんなに良かったんですか」と聞いても「うーん」と口ごもってしまうという不思議な現象が起きていたからだった。

ならば自分で行くしかない。美食の国でもなく、絶景が待ち受けるわけでもない、しかし訪れた人を次々に虜にするキューバ。行ってみようじゃないか。

たどり着いたキューバの街は、噂に聞いていたとおり本当にクラシックカーが走っていて、建物の多くは崩れかけていて、でもそこにたしかに生活があって、燦々(さんさん)と差す日光は陽気で、そこかしこにアイドルのポスターみたくチェ・ゲバラの顔写真が飾られていた。

宿泊したゲストハウスは通称「日本人宿」と呼ばれるタイプのものだった。日本人宿の定義はいろいろだけど、経営者が日本人か、または日本語を話すスタッフがいるのが定番だ。お客さんも日本人が多い。情報の少ない街や治安が不安な街では、心強い存在だ。

うだる暑さの中、過去の旅人たちが残していった手書きの情報ノートを読み漁る。キューバはインターネットの普及率が低いため、日本からネットで最新情報を得ようとしてもなかなか難しい。そのため、いくつかある日本人宿でこの情報ノートを見るのが一番手っ取り早いのだ。どこでご飯を食べようか悩んでいる私の耳に、突如、外から大きな声が飛びこんできた。

「玄関開けてーーー!!!」

入ってきたのは、ミニスカ姿の日本人女性だった。まばたきする度に音のしそうなフサフサのまつエク。爪には立体的なピカチュウのネイル。キャミソールの紐は細く、背中も肩もばっちり露出している。

ギャルだ。

旅先でこんなに潔いギャルに会うのは初めてで、私は心底驚いた。

「あっつ〜」と両手で顔をあおぐ女性が、冒頭に書いたさえちゃんだった。くだんの情報ノートを見にきたらしい。

「ここヤバいね?ボロすぎてウケる」と話すさえちゃんは、ちょっと良いホテルに泊まってるらしいが、昨日は酔っ払って洗面台を割ってしまったと豪快に笑う。そこ、笑うところだろうか。弁償とかしなくて大丈夫なんだろうか。ていうかちゃんと謝ったの?いろんなハテナが一瞬にして頭を駆けめぐるけど、テンポよく喋るさえちゃんの話になかなか割り込めない。

小学生のころから学級委員をやりがちだった私は、ギャルがいささか苦手だった。先生にタメ口だし、スカート短くて校則違反だし、トイレで化粧してるし。私はテストにそなえて英単語の復習してるっていうのにさ。

そんなことを思っていたときだった。さえちゃんは、部屋に入ってきたキューバ人スタッフと流暢な英語で会話し始めた。さらに驚いたのは、ほかの部屋に泊まっていた韓国人の女の子とも、韓国語で話し始めたのだ。なんなの、その語学力とコミュ力。

驚く私にさえちゃんは、両親の反対を押し切ってオーストラリアに単身で渡り、自力で仕事を見つけて暮らしていることを教えてくれた。しかも私たちは二人とも九州出身で、育った町がとても近いことも知った。

「オーストラリア行くの大変やったとよ〜?お父さんめっちゃ反対するけんさぁ」

故郷の言葉ではにかみながら笑う彼女は、もう「こわいギャル」ではなくなっていた。自分のやりたいことを粘り強く叶える強い女の子だった。

たとえ日本の交差点で彼女とすれ違っても、お互い気にも止めず、視界にすら入らないだろう。言葉の通じない国で、一冊のノートを読みたかったからこそ出会えた相手。まどろっこしいようだけど、そのくらい遠まわりしないと一生出会えない人もどうやらいるらしい。

ピカチュウ、かわいかろ?ヒマワリ色の爪をひらひらさせて笑うさえちゃんは、今日も遠く離れた地で自分の道を爆進している。

ぽんず(片渕ゆり)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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