英語を喋れるようになった理由/夏南の法則 Vol.08
「英語どうやって喋れるようになったんですか?」
これはよく聞かれる質問の1つ。
私は24歳まで高校で習うくらいの英語しか話せませんでした。
学生の頃から英語の授業は好きだったし、大きく分けたらできる方ではあったと思うけどたかが知れてた。
実を言うと高校卒業したらアメリカの大学に行こうと思ってたけど、実際に行ってたらめちゃくちゃく苦労してただろうな。
19歳で行ったパリでは事務所の人が英語で言っていることを理解するのにとっても時間がかかり、友達作りにも苦戦。
向こうでデートに誘われたりなんかもしたけど、会話についていくのに必死。
ただこれに関して言えば、言葉が通じないのはなかなかロマンチックではあったかも(笑)。
英語が喋れない不便さを痛感して日本に帰って来たわけだけど、その後も忙しさを言い訳に英語の勉強はどんどん後回しになっていった。
その数年後にNYに行くことになって、私の英語は多少マシにはなってたけどまだ全然ダメで、でもそのNYが楽しすぎたからこういう場所に居たいとか、こういう人たちと関わりたいって思った時に、それには英語が喋れるようにならなくちゃいけないってのが私の中でハッキリして、そこから本腰を入れて勉強し始めました。
それが24歳の時。

海外ドラマや映画を見まくって、ストーリーが分かったら英語の音声に英語の字幕にして分からない単語をあぶり出したり、英語を話せる友達には英語で話してもらったり、昔の教科書引っ張り出して地道に、書き取りなんかもした。
ちなみに完璧には程遠いし、全然間違えるし、今も勉強中で(たぶん一生だけど)、会話中に知らない単語が出てきたらすぐ聞くようにして、時間があったら英語の本の翻訳もやったりしてます。
聴いたり喋ったりで覚えたから、読み書きは特に苦手。あと細かい文法とかも。
それでも今は海外の友達もたくさん増えて、英語しか喋らない友達とサシで4時間お茶したり(ついこの前やって自分の成長を感じた)出来るようになりました。
勉強するの大変じゃなかった?ってよく聞かれるけど、大変です(笑)。
なんならとーっても大変。
でも私は英語を話せることによって確実に増える選択肢を無視できなかったし、自分のやりたいことに必須だったから、努力する価値がありました。
実際、英語が喋れなかったら出来てなかった友達や、逃してたであろうチャンスがいっぱいある。
他にもYouTubeとか連載とか大変じゃない?って聞かれるけど、まず楽しいというのが1つと、みんなとつながる場所が増えて、そこでなにかしら良いインパクトが作り出せるなら、私の中でそこは問題じゃなくなってくる。
いろんなことに挑戦するときの“難しさ“や“大変さ”は過程として過ぎ去っていくから、それよりもそこを通ってたどり着ける自分の“行きたい場所”に集中することが大事だと思うのです。
今考えればあれどうやってやったんだろうな?って思うようなことがたくさんあるはず。
(逆上がりとか、説明書のないiPhoneを使いこなしたりとか、死ぬほどある漢字を読めるようになったりとか)
だからどれだけ大変かよりも、どれだけ頑張る価値があるか。
そう考えたら、もっともっと広がっていくはず♡

Photographer 217(二枚目、三枚目の写真)
【夏南の法則】バックナンバー

大屋夏南
1987年生まれのブラジル出身。17歳でモデルデビュー、数々の人気雑誌やファッションイベントに出演。また、私服、美容情報など彼女のライフスタイルがいち早くチェックできるインスタグラム、YouTubeなどのソーシャルメディアはもちろん、3冊目のスタイルブック「purple」を出版するなど幅広く活躍中。