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物語を通して、その土地に恋をする/ぽんずのみちくさ Vol.47

ぽんず(片渕ゆり)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅をおやすみ中のぽんずが送るコラム

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物語を通して、その土地に恋をする/ぽんずのみちくさ Vol.47

旅先を選ぶ基準は、人によってそれぞれだ。美味しい食事、雄大な自然、そこでしか体験できないアクティビティなど、何に心惹かれるかは様々だろう。

私の場合、つい行きたくなってしまうのは、「好きな物語に由来のある場所」だ。子どもの頃に「ふしぎの国のアリス」や「ハリー・ポッター」シリーズに出会ったおかげでイギリスに特別な興味を抱くようになったし、「アメリ」や「ミッドナイト・イン・パリ」を観てパリへの憧れを膨らませた。「ウエスト・サイド・ストーリー」の影響でニューヨークの路地裏を歩いてみたいと思った。この感情は、旅先への疑似恋愛のようなものかもしれない。

時には失敗もある。キューバへ行く前にどうしても「老人と海」を読みたいのに、なかなか本屋に売ってなくてやきもきしたことや、「恋する惑星」のレトロな面影を求めて香港に行ったものの、想像以上のビル群に気圧されて意気消沈して帰ってきたこともあった。しかし、見たい景色があってそれを探しにいくことは、どう転んだって楽しいものなのだ。

小説や映画を通して好きになった場所は、それがたとえ遠かろうと、今はない景色であろうと、自分の目や手で確かめてみたいな、と思う。逆にいうと、物語を通して馴染みのない場所については、場所として魅力的だと思っていても、なかなか行けてなかったりする。(あくまで今の私にとっては、だけど)オーストラリアやカナダは、行ったら絶対好きになるとわかっていつつ、まだその場所に恋したことがない状態なんだと思う。

今、私はGENICの企画で北海道に移住体験をしているのだけれども、じつを言うと、つい最近まで、北海道にまつわる物語にもあまり触れたことがなかった。九州出身なので、地理的に近い沖縄については授業で文化や歴史を習ったり、家族旅行で訪れたりと縁があった。しかし北海道やアイヌ文化については、身の回りで話を聞くこともなく、なんとなくどこか「遠さ」を感じてしまっていた。

せっかくだから、住んでるうちに何か読んでみたい……そう思っていたとき、利用しているコワーキングスペースに「ゴールデンカムイ」が置いてあるのを見つけた。

一度手にとったら止まらなくて、一気に読み進めてしまった。北海道内を旅しながら移動していくストーリーなので地名も覚えられるし、なんといっても生き生きと描かれているアイヌ文化が魅力的でしょうがない。衣装や文様、狩猟文化、そして食文化。

上川にもアイヌの人々は住んでいる。興味を持ったらすぐに歩いてチセ(アイヌの家)やヒグマ(物語中で、何度も大事な役目をはたす)を見に行けるのが、その土地に住むありがたさだなと思う。

このコロナ禍で、思うように動ける状況ではないけれど、幸にして北海道は密になりにくく、車を使えば個人でも移動ができる。せっかくゴールデンカムイを通して知ったアイヌの世界、ここにいるあいだにもっと深く知ることができたらいいなと思っている。

ぽんず(片渕ゆり)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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