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無意識のうちに旅に求めているものは/ぽんずのみちくさ Vol.34

ぽんず(片渕ゆり)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅をおやすみ中のぽんずが送るコラム

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無意識のうちに旅に求めているものは/ぽんずのみちくさ Vol.34

去年から今年にかけて、半年ほど旅しながら生活していくなかで、地味に困ったことがあった。それは、「寒くて眠れない問題」だ。

寒くて眠れないのは、なにも冬に限った話ではない。東南アジアなどの暑い国では、クーラーをつけるのが「おもてなし」であると言わんばかりに、ガンガン室温を下げてあることが往々にしてある。タイの夜行列車に乗ったときなんて、真夏にもかかわらずパーカーを着込み、ブランケットを体に巻き付け、着替えの靴下を重ねばきしなければならないくらい寒かった。

真冬のイギリスでは、部屋そのものは温かく快適だったものの、ルームメイトに恵まれなかった。相部屋で隣のベッドになった女の子が「暑すぎる」と言って窓を開け放ったため、2月の冷たい海風に吹かれながら眠る羽目になった。

いちばん困ったのは、ウズベキスタンを訪れたときだった。海に面していないウズベキスタンは、典型的な「内陸性気候」の土地である。夏は灼熱、冬は極寒。一日の中でも、昼と夜とで寒暖の差が激しい。私が訪れたのは、ちょうど去年の11月。秋の終わりと冬の始めをまたぐ季節だった。

最初の1週間ほどは気持ちよく過ごせたものの、日に日に寒さが厳しくなってくる。しかしまわりを見ると、みな「たいしたことない」という顔をしている。「寒くないの?」と仲良くなったウズベキスタン人に尋ねてみるも、「もっともっと寒くなるからね」と笑顔で言葉を返された。フロントに頼んで追加の毛布やオイルヒーターを貸してもらい、さらにウルトラライトダウンを羽織り、それでもまだ寒いな……と思いながら無理やり目を閉じる。「寒い」は「寂しい」によく似ている。捨てられた猫みたいにくるまって、「海外旅行」という華やかな響きの対極にいることをひしひし感じながら眠りについた。

帰国してしばらく経ち、もう寒くて眠れない日々のことは忘れかけていたところだった。

先日キャンプに行った。初心者なので、キャンプギアもまだ揃っておらず、寝袋はレンタルした。まだ本格的な冬ではないとは言え、太陽が沈むといっきに寒くなる。

薄手の寝袋はペラペラと頼りなく、地面から冷気がじかに伝わってくる。身体の内側から冷たくなっていくような感覚。

寒い、とても寒い。眠れない。

眠いし疲れているし、しんどいはずなのに、ブランケットや上着を総動員しながら、なぜかちょっと楽しくなってしまった。結局のところ、どんなに文句を言えど、私はこの不便さが好きなのだろう。平和な自宅の中では起こり得ない困りごとを、心のどこかで待っているのだろう。旅に癒しを求める人もいるけれど、私はどうやらそうじゃないらしい。「寒すぎる」と嘆きながら、口角は上がっていた。

ぽんず(片渕ゆり)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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