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終わりがあるからこそ/ぽんずのみちくさ Vol.99

片渕ゆり(ぽんず)<連載コラム>毎週火曜日更新
ほんとに大切にしたい経験は
履歴書には書けないようなことばかり
旅と暮らすぽんずが送るコラム

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終わりがあるからこそ/ぽんずのみちくさ Vol.99

子どもの頃、家族旅行で京都を訪れた。日も暮れて、もうホテルに戻る時間。帰り道の途中でちらりと目にした通りが、きらきらと華やいでいて妙に魅力的に見えた。「行ってみたい」とだだをこねてみたが、もう時間も遅く、結局その日はホテルに戻った。その通りの名前が四条通りで、デパートやショッピングビルの立ち並ぶ京都の繁華街だと知るのは、もう少しあとのこと。

いつしか京都という場所に特別な憧れを抱くようになり、進学先も京都の大学を選んだ。

いざ住んでみれば、四条だって通い放題になった。なんなら通い放題どころか、バイト帰りの帰宅路になった。憧れていた四条通りも、気づけば「人の多い道」としか思わなくなっていた。

きっと、旅行という短い時間の中だったから、夜を照らす灯りがいっそう魅惑的に見えたのだ。

新卒で入った会社を辞めるときにも、似たような経験をした。無事に退社日も決まり、残りの出勤日が数えられるくらいになったころのこと。

来る日も来る日も嫌というほど目にしていたエレベーターホールが、突然きらめていて見えるようになったのだ。ガラス越しに光がさしこみ、足元には窓枠の形に影が落ちている。なんの変哲もない、どこのビルでもあるような光景だ。なのに、目が離せない。「終わり」が見えたから、今まで見落としていた光景に気づくようになったのだろう。

旅は、いろんなきっかけや始まりを作る行為であると同時に、ちいさな「終わり」を作る行為でもあると思う。金太郎飴化した日常に、旅は区切りを作ってくれる。

もちろん誰だって、本当の意味での人生の終わりがいつか来るわけで、飽きるほど繰り返す日常だって、永遠には続かない。じゃあ日常の中でいつも終わりを感じていればいいかというと、それはそれで辛くなってしまうだろう。だから旅の力を借りる。旅先での時間も、見慣れた毎日も、そのどちらも、限られた大事な時間だと思い出させてもらうのだ。

片渕ゆり(ぽんず)

1991年生まれ。大学卒業後、コピーライターとして働いたのち、どうしても長い旅がしたいという思いから退職。2019年9月から旅暮らしをはじめ、TwitterやnoteなどのSNSで旅にまつわる文章や写真を発信している。

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